ジョン

また思い出して書きます。
ゴールウェイにいた三日間のうち、真ん中の一日はアラン諸島に行くことに費やす。
今回は選んだのは、三つある島のうち、一番大きなイニッシュモア。
イニッシュは島という意味で、モアは大きいという意味だ。
始めは穏やかでとても海の上とは思えない位だったフェリーも、内湾を出ればあっという間に大荒れ。
人よっては船酔いでグダグダになったところに、上陸後延々登り坂のサイクリングが口を開けて待つ、グロッキーなコース。
自転車で走り始めて5分もしないうちに一軒のパブが現れて、外の席では二人のおじさんがギターをかかえながら昼間から片手にギネス。
一瞬のうちにこちらが楽器を持っていることを目ざとく見つけ、「3時からだ!」と聞いてもないのに教えてくれる。
適当な生返事をしながら先へ。
話には聞いていたが、本当に何も無い島だ。
酪農以外の農業の気配もほとんど無い。
とは言え、今住んでいる人々は皆きれいな家に住み、電気もガスも水道も車もあり、庭に転がる子供の玩具等も本土と変わらない。
今や物質面ではほとんど変わらない生活ができるのだろう、きっと。
しかし、時々ある、昔住んでいたであろう石造りの家の朽ち果てた姿には鳥肌が立つ。
中に家の中が垣間見れるような朽ち果て方をしているものがあるのだが、どれだけ何もなかったかを知らしめるような、何ともぞっとする光景なのだ。
知人が、そこにはただ音楽しか無かったと言っていたが、果たして自分は音楽がありさえすればこの不毛の大地に住み続けられるだろうか。
頭をかかえてしまう。
サイクリングコースはなかなかヘビーで往きはほとんど登り坂。
それもそのはず、ゴールは90mの断崖絶壁。
このまま行くと3時からのセッションどころではないという考えが頭をもたげてしまうのは、もはやサガというより病気に近い。
結局、高所恐怖症で近寄れないからと宣う、船酔いでグロッキー状態の相方の一声で、崖を遠巻きに見て引き返す。
往きはよいよい帰りは怖いの逆で、帰りは下り坂一本道。
あっという間にパブに辿り着く。
庭では先程の二人のおじさんにバウロンのお兄さんが加わっていた。
ギター二人、バウロン一人で一体どんな音楽をやっていたのか気になったが、とにかく入れと急かされてあっという間に輪の中へ。
おじさんの一人に名を告げるとすると、「ジョンだ」と名乗る。
続いてもう一人のおじさんに名を告げると、「ジョンだ」と名乗る。
ここがこの国の理解に苦しむところ。
こんな小さな島で、恐らく島で何軒も無いパブで、ギターを弾いて歌を歌う同じ位の年齢のおじさんが二人ともジョン。
これで何の問題も起きないのだろうか?
ファミリーネームをほとんど名乗らないこの国で。
あるいは何の疑問も感じないのだろうか?
この国で最も多いファーストネームは間違いなくジョンだと思う。
フェスティバルなんかで人が大勢いるところで、「ジョン!」と大声で叫んだら、20〜30人は振り向くだろう。
一つのセッションでジョンと5人位に名乗られたこともある。
正直言ってその名を聞いた瞬間に覚えようという思考の一切が停止する。
あるいは向こうも覚えてもらおうという気も無いのかもしれない。
これだけジョンが多いのに、未だにジョンと付け続ける親の感覚もよくわからない。
とにかくその日は二人のジョンと一時間ばかりセッションをする。
彼等の素朴な歌はとても心地良い。
最後の方に彼等のリクエストでイニッシーアという有名な曲を弾く。
イニッシーアは隣の隣の一番小さな島で、確かイーアは西のという意味。
日本でも頻繁に演奏されるこの曲、実は作曲者がよくわからなかったのだが、ジョンの友達がつくったのだそうだ。
その友達、ファミリーネームはウォルシュ。
ファーストネームは?
ジョン!