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連載記事の転載

転載すると告知していたメルマガでの連載記事を転載し忘れてました。

以下転載します。

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温かく、気のいいおじさんと仲良くなりました。

■                                                           豊田 耕三
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東京のアイリッシュ・シーンを語るというこの連載に相応しい内容かどうか
はちょっとわかりませんが、とてもタイムリーな話なので予定を変更して書き
たいと思います。

4/13、とある大物ミュージシャンが来日しました。
ボシー・バンドのメンバーとしてアイリッシュ音楽に革命を起こしたパディ・
キーナンです。
齢60にして初めての本格的な来日公演。
実は来日そのものは以前一度あったらしいのですが、大々的なものではなく、
また超短期で来日するやいなやとんぼ返りでカナダに行ってしまったというも
のだったそうで、今回ようやく初の大々的な来日公演になったということです。

さて、この来日公演で豊田は運良くパディと共演することになり、吉祥寺、
下北沢、大泉町、そして、プライベートギグの中津川と4日間に渡って、途中
他の仕事で抜けたりもしながら帯同してきました。
パディは一昨日東京に戻り、昨日は1日浅草や銀座、表参道等都内を観光。
この原稿を書いている今頃、再びオーストラリア・ツアーに戻るべく成田から
飛び立っていることでしょう。

そんな短い間に垣間見たパディの素顔も交えながら、思うところを書きたい
と思います。

今回の公演が客観的に聴いてどのようなものであったかは、自分には判断す
るすべもなく、実際に聴いて下さった皆様のレポートを待つより他はありませ
んが、聴いて下さった皆様が一様に感じておられたのではないかということが
一点あります。
それは音量のバランスの問題。

パディの来日公演でパディの音を聴きにきたのにパディの音が小さくて充分
聴こえなかった、こう思われた方が多々おられたのではないかと思います。
例えば吉祥寺の会場等は箱自体の特性で聴く場所によって全くバランスが異
なって聴こえるそうですが、それを差し引いてもパイプが小さいのではないか
という懸念は、実は共演していた自分達にさえありました。

ところが、このパディ・キーナンという人、自分の音が強く鋭く出ることを
とにかく好まない。
もっと柔らかく豊かな音で、もっと小さな音で。
スローチューンだけはリバーブをたっぷりと。
彼がサウンド・チェックの時に何度そう言ったかわかりません。
彼自身が選び奏でるパイプも驚く程音が柔らかく小さい。

そして、もう一つ驚かされたのが、彼が一人で弾きたがらず、とにかく皆で
一緒に弾きたがったこと。
あれだけ一人で弾けるのだからいくらでも一人で朗々と弾いて良さそうなも
のですし、もっと「俺の音を聞け」的な要素が強くても良さそうなものですが、
如何せん、彼は一人っきりで弾くことをとにかく嫌がり、そんな訳もあって、
当初吉祥寺と大泉町の二箇所だけのはずだった自分とフィドルの内藤希花の参
加が、あれよあれよという間に下北沢も、中津川もということになってしまっ
たのです。

そして、それについては最終日の打ち上げでパディと2人で話をしていた際
に本人から別の形で語られました。
彼曰く、一人で演奏するよりも4人で演奏することで初めて得られるドライ
ブ感が好きで、それをお客さんにも聴いてもらいたい、だからできるだけ4人
でたくさん演奏したかったのだと。

これを聞いて、パディよりずっとレベルが低いのにもかかわらず「俺の音を
聞け」的な部分が自分の中にあることを、豊田が本当に恥ずかしく思ったこと
は言うまでもありません。

彼はまた、下北沢のライヴの質疑応答で、トラベラーズ・スタイルについて
説明する時に、自分がトラベラーの家に育ったことに触れ、トラベラーの生活
をしている人間から出てくる音や雰囲気は、定住者のそれとは自然と異なる、
そういう意味では自分のパイプはトラベラーズ・スタイルだし、そういう風に
音楽には人生が滲み出てくるものだという趣旨の話をしていました。

まさしくその通りで、彼程温かく人間的なパイプを演奏する人を自分は他に
知りません。
奇しくもおおしま氏が熱いパイプという表現をされていますが、なるほど的
確かもしれません。
パディの演奏は例えばデヴィ・スピレーン等と比べて非のうちどころもない
完璧な演奏というのでは決してないですが、何とも言えず聴く人を、共演者を
ほっとさせ、温かい雰囲気で包み込んでしまう独特のキャラクターがあります。
一緒に演奏していると本当に心強さを感じるのです。

その演奏に滲み出る人柄の良さ、それこそが今回の来日公演で一貫してあの
ようなサウンドを求めたパディの根幹であり、また彼の音楽の基本的な方向性
だったように思われます。
そして、それは元々一般家庭でユニゾンで演奏してきたアイリッシュという
音楽のまさしく原点を垣間見せてくれるものだったと思います。

パディ・キーナンという人は、野獣と呼ばれたボシー・バンドの強力なパイ
プ奏者のイメージとは裏腹に、実に気さくで、実に温かく、子供っぽいところ
をたくさん残した本当に珍しいくらいいい人で、天下のパディ・キーナンと共
演したというよりは、何だか気のいいおじちゃんと仲良くなりました、そんな
印象を抱かせる素敵な人でした。