ゴールウェイの一夜

(この内容は先日配信されたメール・マガジン、クラン・コラの原稿に一部加筆したものです。)

さてさて、そろそろ豊田が二ヶ月半のアイルランド滞在でどんな目に遭っていたかを綴って行きたいと思います。

最初の一週間、ダブリンに滞在した後は、ゴールウェイに行きました。

伝統音楽が盛んで、若者が多く活気に溢れ、街並みも美しいこの街は、今でも自分が一番好きな街。

滞在場所は、アンダース・トラビャークというボタン・アコーディオン、フィドル、フルートを弾くゴールウェイ在住のデンマーク人の家。
彼は最近まよさんというフィドルを弾かれる日本人女性と結婚されて、ちょうど最近日本に二人で来ていました。
このお二方には今回本当にお世話になりました。

彼らの家はゴールウェイの中心部に程近い一軒家ですが、そこにはあちこちの国から来ているミュージシャンが長期、あるいは短期で滞在し、いつも賑わっています。
アンダースは演奏の他にヴァイオリンやアコーディオンを修理する仕事もしており、家の一部に工房を構え、家のあちこちに色んな楽器があって、いつもどこかで音が聞こえるといった具合。

この時はここに三泊しましたが、その間当然夜はセッション、昼間は練習か街中でバスキングといった生活。

以前にも書いた素晴らしいフルート職人、ヴィンチェンツォ・ディ・マウロに出会ったのもこの時。
アンダースとヴィンチェンツォはとても親しい友人で、ヴィンチェンツォはほぼ毎日アンダースの家にコーヒーを飲みに来てひとしきりおしゃべりをして帰って行く、そんな間柄でした。

この三日間、実は初日と二日目は運悪くセッションに行けなかったのですが、最後の晩はそれを取り返すかのような濃い経験が待っていました。

最後の晩はチ・コリーという音楽で有名なパブでのセッションに参加しました。
ホストはヨーナス、アンソニー、バリーといったゴールウェイの若者。
ミュージシャンもお客さんも一杯で盛り上がり、セッションも半ばになるととても入口から入れないという状況になったのですが、そんな中、なんと小さな女性が一人窓から乗り込んで来るではありませんか。
彼女はボタン・アコーディオンをいくつも窓の外から手渡してパブの中に入れると、最後に雨でびしょ濡れになりながら入ってきました。
その厚かましいと言ってもいい位の乱入に周囲は若干苛立つような雰囲気さえあったのですが、被っていたフードを外した彼女が満面の笑みを見せると空気は一変しました。
なんと世界的に有名なボタン・アコーディオン奏者、シャロン・シャノンだったのです。
こんなレベルの人がやっぱり普通にローカルのセッションにふらっとやってくるのだなぁとちょっと驚きましたが、噂に違わずシャロンは始終笑顔で演奏していました。
ホストミュージシャン達とも仲がいいようで、初めはいい雰囲気だったのですが、彼女がやはり有名なアコーディオン奏者、ブレンダン・べグリーと、ティム・エディというギター奏者を呼び込んだ辺りから段々雲行きが怪しくなってきます。
このブレンダンという人は南西部のケリー辺りで有名なべグリーファミリーの一人ですが、ケリー出身宜しく、鬼のような数のスライドやポルカという種類の曲を次々出してくるごっついおじさん。
一方、ティム・エディは自分がこれまで生で見てきた中でも三指に入る位うまいギタリスト。
スティーヴ・クーニーの弟子で、兄弟弟子のジム・マレーと同じように、ガット弦のギターを使い、ベース、ギター、ブズーキ、マンドリン、パーカッションといった5つ位の楽器の役割をギター一本で、それもほとんど同時並行に混ぜてくるという非常に複雑なスタイル。
ダンスチューンの伴奏をしようが歌の伴奏をしようがとにかくべらぼうに上手くて音が美しい。
どんな曲でもどんなキーでもあっさり弾き、間違いどころか迷いすら無さすぎてちょっと気持ちが悪いと思えるようなレベル。
後で聞いたところによると、彼はほとんどアスペルガー症候群と言っていい位音楽以外のコミュニケーションが若干危ういらしいのですが、それ位でしか説明がつかないような桁違い能力の高さで、ギターだけでなく、アコーディオンやフィドルも信じ難いほどうまいとのこと。
それも凄まじい逸話があって、何でもある時彼が一人黙々と音源を聴いてアコーディオンをさらっていたそうで、次から次へと曲を覚えていたらしいのですが、よくよく見てみると彼が聴いていたのは半音高いE♭の音源。一方彼が弾いていたのは通常のDのアコーディオン。しかし、彼は通常の半音高いキーを普通に弾けてしまっていたとか。
通常ではちょっと考え難い位の集中力の高さを顕著に表す逸話ですね。

こんな人達が入ってきてお客さんが湧かない訳がありません。
ゴールウェイのチ・コリーのお客さんと言えど、夏で観光客も多く、ホストのミュージシャンの顔を立てなければいけないといったようなセッションの暗黙の了解を全員が知っているという訳もなく、何よりお客さんは音に対して正直で、一曲終わる度に「モアー!」と叫んで三人を離そうとしません。
そうして何曲も続き、また歌の街ゴールウェイ宜しく、彼らの友人が次から次へと歌い始めると、元々ホストとして演奏していたホストミュージシャン達はすっかりお株を奪われて次第に席を外し始め、遂にはホストミュージシャン全員が入り口でタバコをふかし、セッション終了時間まで戻って来ないという事態にまで行き着きました。
セッションは占拠されてしまったのです。

一番戸惑っていたのはホストミュージシャン以外のミュージシャンでしょうか。
目の前で素晴らしい音楽が展開されながらも、今起こっていることの恐ろしさが気になり、ホストに気を遣い楽しめずにいる、そんな感じの人達ばかりでした。

ホストを除いて盛り上がりに盛り上がったセッションも最後は歌合戦になって終わりを迎え、終了後、シャロンやティムと少し話もしましたが、ティムはやはり不思議なことに会話をしていると彼の顔が常に自分の顔の10cm前まで迫って来るのです(笑)
これは誰と話していても同じようでした。

伝統音楽のメッカでもこんなことこが起きてしまうんだなと何だかすごいものを見てしまったような気分になった一夜でした。

次回はエニス、ミルタウン・マルベイと続きます。