[旅日記]Scoil Éigse

フラー・キョールが始まる直前の一週間は、Scoil Éigseという、未だに読み方がよくわからないのだが、要はサマースクールが開催される。
まぁ、大体あらゆる楽器のクラスがあって、歌なんかも何種類もあるのだが、伴奏楽器はピアノだけ。
ハープもここでは主に旋律楽器として。
したがってギターは勿論、アイルランドでは比較的人気の高いブズーキさえ無い。
この国の伝統音楽が、いかに伴奏というものに興味を持っていないかが伺える。
クラスは1クラス大体10〜15人位。
それがフルートでも10クラス、フィドルだと15クラスもあるのだから、結構な人数だ。
参加資格も年齢制限も無いから、参加者も様々。
三段階のレベルに分かれているが、事前の申し込みの時点での自己申告なので、結構いい加減な感じ。
自分は上級の上から三番目のクラスに割り振られていた。
どこぞの馬の骨ともわからぬ日本人でもこんなところに入れてくれるのだなあと妙に感心してしまう。
同じクラスにいるのは高校生位の子が多かっただろうか。
こういったサマースクールの常連という雰囲気の子ばかりだ。
この辺りは自己申告と言えど、それまでのサマースクールやコンペティション等を通してレベルを把握されてクラス分けされているようだと後々感じることになる。
アメリカから来ているというおじさんもいた。
初日の朝、教室に入る前に部屋から聞こえてくるフルートが結構うまくて、どんな人がと思いながら入ってみると、まだ高校一年生位の左利きの男の子だった。
この年齢でこんな吹ける子がごろごろいるのかと思うと思わずニヤリとしてしまう。
講師はイーファ・グランヴィラという30歳代位の女性。
アイルランド人女性のフルート奏者としては珍しく大柄でない。
まず印象的だったのは、とにかく暑がりであること。
真夏でも最高気温が20度前後で寒いことは前にも書いたが、朝一のレッスン開始時、ジャケットを着込んでも震えそうな自分を尻目に、イーファはカーディガンを抜いでノースリーブ一枚になった上、つかつかと教室の後ろまで歩いて行くと、窓を全開に開け出した(笑)
これがこの後五日間、毎日の日課になる。
それはさておき、彼女が吹くフルートは、決して太くはないけれど、きれいな温かみのある音で、繊細なフレージングの中に、無骨なアイリッシュ・フルートらしい装飾も兼ね備えた、バランスの良さが特徴。
後になってわかることだが、この国の女性フルート奏者のほとんどは、北寄りの力強く吹き込むタイプのスタイルなので、それからすると彼女の流麗なスタイルは異色とも言える。
この日から五日間、午前、午後とレッスン。
基本的に新しい曲を口頭で教えていくというスタイルはここでも変わらない。
おかしかったのは、速いリールという種類の曲をあれだけ鮮やかに吹いていたクラスメート達が、ゆっくりとしたホーンパイプという種類の曲になった途端、ガタガタに崩れるということ。
リールやジグに関しても基本的にゆっくり吹くのが苦手。
この辺りが三番目のクラスに振り分けられる所以か、そんなことを思っていると、4日目になってイーファから、「もしあなたが望むなら明日上のクラスに移ってみない?きっとあなたのキャリアアップになるから」と。
せっかくなのでトライしてみる。
上のクラスの講師は、かのフルート奏者、ジョン・ウィンと、名工エーモン・コッター。
余談だが、一つ下のクラスの講師は、あの有名な、フルートもパイプも弾く若い女性プレイヤー、ルイーズ・マルカヒーで、小柄な外見からは信じられないような太い音が隣の教室からバンバン聞こえていたので、そちらにもかなり惹かれた。
エーモンの演奏は何度か生で聴いていたのと、ジョンの流麗なプレイスタイルに興味があったのとでかなり迷った挙句ジョンのところへ。
この人の音は太くて美しく、大らかな人柄がそのまま表れるような笛。
不思議なことに彼は右利き用のキーの付いた笛を左に構える珍しい人で、見たことも無い特殊な指遣いでキーを操っていた。
最終日だけ参加したこのクラス、さすがに一番上のクラスだけあって、どんなテンポでも走ったりはしない。
この日いた生徒は7人位だったのだが、なんと、ほとんどがアメリカやイギリス等、海外から来ていた。
このフェスティバルのために海外から来ている人々は、当然のことながらアイルランド人とは比較にならない位のやる気をもって取り組んでいるのだが、それがこうした形で現れるのは何とも滑稽だった。
イーファとジョンのレッスンを通して得た一番大きな収穫は、普通のテンポで吹いている限りほとんどタンギングをしていることが聞き取れない位流麗なスタイルで吹くこの二人が、ゆっくり吹く時にはこちらが想定していたよりもずっと多く、ずっとハッキリとタンギングをしていたこと。
この事実が後に自分の演奏を大きく変えることになるということをこの時の自分はまだ知らない。