Gradam Cheoil Concert @大阪Expo

日本時間12/22(月)朝6:00にアイルランドの国営放送RTEのTG4から一本のドキュメンタリーが公開されました。

ドキュメンタリー

これは9月に大阪Expoで開催されたコンサートについてのドキュメンタリー。

RTÉが毎年優秀なミュージシャンを表彰するグラダム・キョールという賞があって、その受賞者達が日本にやってきて、日本のミュージシャンやダンサーとコラボするというのがこのコンサートの趣旨。

9/8(月)に行われたこのコンサートには13人ものミュージシャンやダンサーが来日。

さらにその様子を映像に収めるドキュメンタリーのチームもアイルランドから帯同。

かなりの大所帯でしたが、これが昨年のThe Bothy Bandのリバイバル公演のドキュメンタリーを撮ったチームとのことで、期待値は上がるばかりでした。

実際彼らが持ち込んだ機材はレベルが高く、リニューアルしたばかりの最新のDPA(デンマークの高級メーカー)のマイクがずらりと並び、本気度を感じました。

 

事の起こり

さて、このコンサートにどのように豊田が関わることになったのか。

それは一通のメールから始まります。

7月の終わりくらいだったかと思います。

こういう始まり方は一年前のアイルランドのビール、スミディックスのCM出演の話にも共通するのですが、本当に突然ポツンとメールが、危うく迷惑メールかと削除しそうになるようなノリでやってくるのです。

もしかしたら本当に削除してしまったものも過去にはあるんじゃないかと思う程ですが、幸いにも今回は迷惑メールと疑われながらも踏みとどまってくれました。

 

9/8(月)に大阪のExpoでコンサートがあるから出て欲しいというシンプルなメールで、立て込んでいる時期ではありましたが、幸いその日はピンポイントで空いていたので参加できる旨を返信しました。

しばらく経ってからSallyという女性から深夜1:00頃に電話がかかってきて(時差があるので仕方ないのですが)、出られるか確認されました。

アイルランド人のアイリッシュ訛りの英語は未だに苦手で、特に電話は嫌なのですが、彼女は落ち着いた低めの声でゆっくり丁寧に話してくれるため聞き取りやすく、不思議と問題なく会話できました。

それでも電話は嫌ですけどね(笑)

 

直前の無茶振り

さて、事が動いたのはそれから1ヶ月近く経ってから。

またも深夜に突然電話がかかってきて、「前日に来られるか?」と。

出た出た、アイルランド人の直前ぶっ込みスタイル!

9/5〜7は山梨県は北杜市でアイリッシュ音楽とダンスのフェスティバルがあり、出演者・講師として参加しているので難しいと伝えましたが、どうしても何とか来られないか?と食い下がってきます。

ここで自分は、山梨は東京と大阪の間にあるのだから頑張れば割とサクッと山梨から大阪に行けるかもしれないという大きな勘違いをしてしまいます。

実際には東京から新幹線の方が遥かに速くて、山梨→大阪は信じられないくらい時間がかかり、山梨のフェスの最終日午後の、フェス最後の講師コンサートが終わってから向かったら21:30を過ぎるくらいになってしまいます。

それを伝えても何とかならないかと食い下がってくるので、仕方なく山梨のフェスの主催者齋藤さんに相談したところ、夕方に松本から神戸へ飛ぶ飛行機があるからそれだね、それに間に合うようにコンサートを少し前倒しして、早めに終わらせましょうとまで言ってくださる。

それならばとお言葉に甘えて、その飛行機コースで行くことに。

それでも20:20頃になると先方に伝えたら、空港からタクシーで来てくれと。

さすがはテレビ局、リッチ!

 

前日の移動

当日は飛行機がまさかの15分早めに着いて、席も一番前で最初に降りてダッシュでタクシーに飛び乗り、20:00頃にはホテルに到着。

ホテルはセンタラグランドホテルという5つ星ホテルでかなりゴージャスなところ!

そのホテルにタクシーで乗り付けてロビーに着くや否や、向こうから初老の外国人男性が。

それがコークの代表的なフィドラー、マット・クラニッチとの最初の出会いでした。

ああいう時ってなぜでしょうね、パッとお互い目を合わせた瞬間に”Are you Kozo?” “Are you Matt?”ってわかるんですよね、会ったこともないのに何となく(笑)

勿論、特に3人だけで一緒に演奏することになっていたマットと若手パイパーのコルム・ブロードリックとは事前に曲決めのためにメールのやり取りをしてはいたのですが、正直マットの顔をあまり知らなくて、仮に知ってたとしても彼くらいの年代の方々はコロナ禍以前以後で容姿がまるっきり違っていたりして、過去の画像なんか全く当てにならなかったりするんですよね。

なので、実際に会ってみて初めて「ああ、これがかの有名なマット・クラニッチさんか」と思ったくらいです。

リハーサル

自分自身も同じホテルに部屋を2泊分用意されていたので、早々にチェックインを済ませて、マットとコルムとのリハーサルへ。

当初、ホテルのミーティングルームを借りるとか言われていたような気がするのですが、結局マットの部屋でリハ。

セキュリティがキツくて、エレベーターで違うフロアにフラッと行けないことがわかり、一度全員ロビー階に降りて合流してからマットの部屋に行くトラブル付き。

3人で一緒に演奏するのは事前に決めたSlide→Slide→Polkaの無伴奏のシンプルなセット。

二人とも達人過ぎて、もうパッと合わせただけで全く問題無しというクオリティ。

曲の繋ぎだけ決めてOKになったところで、音楽監督のチェリスト、ニール・マーティンとプロデューサーら制作スタッフ陣が部屋に入ってきてチェック。

こちらも一発OK!

これなら当日合わせでも良かったんじゃない?と思わなくもなかったのですが、先方としては実際にこちらの音を合わせたのを聞いてみないと安心できなかったのでしょう(笑)

まぁとにかく一安心。

前夜祭?

それが終わるとさすがアイルラン人、さあ呑みに行こうとなります。

先にご飯を食べに行っていたFlook、キャシー・ジョーダン、プランクトンの川島恵子さん、ミュージック・プラントの野崎洋子さんにイタリアンのお店に合流する?とメールでお誘いを頂きつつも間に合わず、結局マットの他に、シボーン・ピープル、ジョニー・オグ・コノリー、女性ディレクターも合流して天麩羅と天丼がメインの居酒屋へ。

店のメニューやアイルランドでは一般的ではないルールを説明するのがなかなか難しくて、シボーンと女性ディレクターは外の席にタバコを吸いに行ってしまって、この地区自体が全面禁煙でお店の人から怒られてしまい、ビール持ち込み疑惑まで立てられて、慌てて二人を止めに行ったりとトラブルには事欠きません。

その後はさらに何人か合流してホテルの最上階のバーへ。

夜景の見える屋外の広いテラス席まであり、そこに他のミュージシャンやらスタッフやらが合流するともう誰が誰だかわからないくらいの人数になって大騒ぎ。

このホテル、多分値段が高いため泊まっているお客さんがほとんど外国人ばかり。

そのせいかホテルのスタッフすら日本人であってもとりあえず英語で話してくるので、今自分はアイルランドにいるのかしら?と完全に頭がバグっていました。

みんなが部屋に帰ろうとした時に、バーの入り口付近のカウンターでFlookのバウロンのジョン・ジョー・ケリーがさあこれから飲もうという感じで一人でおっ始めていたのが妙に印象的でした。

こうして長い一日が終わりました。

ちなみにこの日は朝からダンスのワークショップの伴奏をやって、午後からフェスティバルの講師コンサートをやってからのこの流れですからね、なかなか濃い一日でした。

当日朝の移動

翌朝は7:30頃だったか、かなり早くにロビーに集合。

アイリッシュ・タイムで少しアバウトではありましたが、一応みんな大幅に遅れることなく集まって、大型観光バスで移動。

日本人のアーティストやゲストも加わって完全に修学旅行状態。

開演前のExpo会場に入ると、ドキュメンタリーチームが会場入りの様子を収録。

実は複数のアングルの映像を撮るために3回くらい同じところに戻って入り直したりしています(笑)

そうこうしているうちに開場時間になって、会場はダッシュするお客さんでいっぱいに。

 

タイムスケジュール

前回の6月の時はナショナルデーホールとアイルランドのパビリオン以外何も見られなかったので、今回こそはと期待していましたが、そうは問屋が卸さない。

シャインハットホールの楽屋に入ってタイムスケジュールを見ると、もう朝からサウンドチェック、個別リハ、通しリハ、カメリハ、本番と延々隙間なく埋まっていました。

まぁ映像系はどうしても時間がかかるので予想はしていましたが。

特にカメリハはリハと称しながら、アップのシーンはお客さんが入ると撮れないため、本番の衣装とメイクで、本番のクオリティの演奏を本番前に一度しっかり収録という形。

さすがのアイルランド人達も、「4回もやると疲れるよねぇ」と終演後こぼしていました。

そして、結局大阪Expo、1月、6月、9月と3回も行きながら2つのホールとアイルランドパビリオンしか知らない籠の鳥で終わることになりました(笑)

 

ホール

ホールは円形で周囲の壁が真っ白の布で覆われている不思議な雰囲気の箱。

ライティングも幻想的で、ちょっとシルク・ド・ソレイユの劇場のような雰囲気がありましたが、この布が無いと響き過ぎてワンワンになってしまう、あるいはあってもまだ響き過ぎる感があり、1600人のお客さんが吸ってくれれば少しはマシになるかしらという淡い期待。

楽屋も広々きれいで、ケータリングやお弁当まで至れり尽くせりでした。

マットやコルム、ジョニー・オグ、それにFlookの男性陣も同じ部屋だったかな。

みんな気さくで楽しい時間でした。

ドキュメンタリーに出てくるマットとの初対面のシーンは、申し訳ないことにこれまた小芝居で、ホテルでの初対面のシーンを再現してくれと言われて、こちらもアングルを変えて何テイクも撮っています(笑)

 

コンサート本番

コンサート本編の流れについては実際に動画をご覧いただければと思いますが、豊田は後半になって登場し、マットとコルムとトリオのセットを演奏します。

イーリアン・パイプスのドローンをバックに、1曲目のSlideを豊田のソロから始まるアレンジだったのですが、Slideのテンポは日本人に馴染みがないくらい速く、まさかの全く合わない形で手拍子が始まってしまい、途中から入ってくるマットやコルムとアイコンタクトを取ると二人とも苦虫を噛み潰したような顔(笑)

そして、そこからは3人とも阿吽の呼吸で手拍子を一切聞かないようにしながらSlide2曲を弾き切ります。

3曲目のPolkaになると途端に手拍子が噛み合うのは不思議なものですが、とりあえず何とか切り抜けました。

映像の中でも序盤危ない手拍子がちょこっと聞こえますが、ミックスの段階で音量を下げてくれているのだと思います。

生きた心地のしない、スリリングな瞬間でした。

その直後のフィナーレは、ニール・マーティン作曲のレイヴン・クローというHornpipeからスタートして、盆踊りのお二方がジョイン。

このニールの書いた新曲は、小泉八雲の人生を描いた曲で、彼が盆踊りが好きだったため、関西圏で盆踊りを教えて広めて回っている中西さんという女性の踊り手さんがスカウトされて踊りに来ていたそうです(この曲の設定をニール本人から聞いたのは後述する打ち上げでのこと。それまでは出演者は勿論、ゲストで来ていた小泉八雲のご子孫、小泉凡先生ご夫妻ですら知らなかったそうですw)。

そこからJig1曲を経てReelに変わり、ベッキーとタカさんのダンスがジョイン。

さらに最後のReelでは和太鼓も加わる壮大なセットでコンサートが締め括られ、会場を埋め尽くす1600人のお客様にスタンディングオベーションを頂いてコンサートは幕を閉じました。

終演後、多くの方々が当日長時間待って入場券を手に入れて聴きに来てくださったこと、関西圏のアイリッシュ音楽愛好家の皆さんが例のSlideの瞬間に手拍子を修正しようと頑張ってくれたり、豊田が手拍子に負けないように祈っててくださっていたことなどを聞いて胸が熱くなりました。

そして何より、こんな大きな会場で、たくさんのお客様の前で、レジェンドばかりの共演者と共に演奏できたのは、本当に幸せな瞬間でした。

打ち上げ

この後、アイルランドパビリオンでレセプションがありましたが、それもそこそこに、出演者、スタッフ、関係者が全員またバスに乗って一度ホテルに戻り、すぐにまたバスに乗り込んで大阪のアイリッシュパブでさらなる打ち上げ!

途中からは日本に2〜3週間滞在中のエキスポミュージシャン10人くらいも加わっての熱い熱いセッションが展開。

このエキスポミュージシャンの中には、2010年にアイルランドのフェスティバルで会って以来、家族ぐるみの付き合いの姉弟もいて、彼らは当時12歳とか10歳とかそれくらいだったのですが、感動の再会も果たしました。

熱狂的な宴は何と朝の4時まで続きました(聞くところによるとキャシー・ジョーダン達はさらにカラオケに行って朝の7時に帰ってきたそうです)。

 

おまけのお話

もう一つおまけの話があります。

このパブの打ち上げの最後、酔っ払ったジョン・ジョー・ケリーがバウロンのティッパー(撥)を紛失してしまい、商売道具を紛失した自分への怒りで大荒れに!

結局パブ中を探したもののティッパーは見つからず、仕方なく荒れ狂うジョン・ジョーを回収してホテルまで連れて帰るというとんでもない役回りが待っていました。

彼はタクシーの中でもホテルについてからも怒り狂うハルクのようでしたが、何とか宥めすかして部屋に送り込みました。

翌朝、ホテルの朝食会場で川島恵子さん、野崎洋子さん、Flookのエド・ボイド、セーラ・アレンの4人と一緒にご飯を食べながらその話をすると、エドとセーラは「またやったのね」と呆れ顔。「自己責任だから気にしないでいいわ」と突き放し、日本でのお世話役の野崎さんも「昔はよくやってたんだけどねぇ、最近はやらなくなってたのに、昨日は若い子達と飲んで余程楽しくなっちゃったのねぇ。貧乏籤引いたねぇ」と全く動じない態度に笑ってしまいました。

 

この日はお昼前には大阪を出発しましたが、帰りは新幹線で名古屋まで行き、2つの特急を乗り継いで小淵沢、そこから車を運転して清里まで帰りました。

この帰路が本当に長くて大変で、しかも名古屋からの特急があまりにも揺れ過ぎて、まさかの電車酔い。

新幹線がいかにチートな乗り物かを実感しました。

濃過ぎる2泊3日の旅はこれで終わりになりますが、実は今もなおなぜ自分が呼ばれたのかよくわかっていません(笑)

スミディックスのビールのCMの時もそうでしたが、きっとどなたかがどこかでひっそりと僕の活動を見てくださったり、推挙してくださったりしたのだと思います。

そのご恩とご縁を忘れずに、そして、今回の貴重過ぎる経験を糧に、今後とも精進していきたいと思います。

追記

妻に指摘されて気付いたのですが、ドキュメンタリーの一番最後の1つ手前の写真、15年ぶりに再開したフィドルの子と写っているのですが、これどうもドキュメンタリーの製作陣のイタズラなんじゃないかという説があります。
豊田が業界第2位のビールSmithwicksのCMに出ていることを知っていて、わざとギネスを飲んでいる写真を載っけたのではないかと。
言われてみると確かに一枚だけ妙に不自然な写真なんですよね(笑)
皆さん、どう思われますか?

<出演者>

The Gradam Ceoil TG4 2025 recipients are:
Gradam Ceoil TG4 2025 / Musician – Siobhán Peoples
Amhránaí TG4 2025 / Singer – Cathy Jordan
Gradam Saoil TG4 2025 / Lifetime Achievement – Matt Cranitch
Grúpa Ceoil TG4 2025 / Music Group – Flook
Ceoltóir Óg TG4 2025 / Young Musician – Colm Broderick
Cumadóir TG4 2025 / Composer – Johnny Óg Connolly
Gradam Comaoine TG4 2025 / Outstanding Contribution – Áine Hensey

Support
Piano / Rod McVey
Dancer / Becky Ní Éallaithe

Japanese Artists
Wadaiko / Hiro Hayashida
Wadaiko / Luke Hayashida
Irish Dancer / Taka Hayashi
Singer / Misako Koja
Piano / Wataru Kikuchi
Bon-Odori Dancer / Yukiko Nakanishi
Bon-Odori Dancer / Kazuya Sahara
Irish Flute / Kozo Toyota
Highland Pipes / Atsushi Yamane
Drum / Kyoko Yamane

Kozo Toyota

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Kozo Toyota

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